2019年7月 9日 (火)

ウシオ石垣市民卒業

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ウシオの死亡届を市に提出した。
犬鑑札と狂犬病予防注射済票は思い出として残しておいても良いらしいので、出さないでおいた。どのみち今年の狂犬病予防注射は受けられなかったので、この鑑札はもう効力はない。

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2019年6月27日 (木)

青空の下

ウシオを土に還すことにした。

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この家は人の手に渡るかもしれないけど、ウシオの体は生まれ育った石垣から離さないことにした。

青空の下、湿り気を帯びた空気の中、庭のアボカドの木の脇に寝かせた。

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ゆっくりおやすみ。

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大好きなウシオくんへ

2019年6月26日午後23時27分、ウシオはこの世を卒業しました。

ゴールデンウィークのさ中、沖縄本島の病院に行って診察を受け、細胞診の結果、メラノーマの可能性大という悲しい知らせが届いた。手術でとるにはもう上顎の腫瘍は大きすぎ、しかもリンパまで転移していて無理だった。一泊二日の飛行機を使っての診察を、ウシオはひとことも発さず、素直に、お利口さんにやってきた。まるで人間のように、当然の顔をして那覇空港のエレベータに乗ってる姿を想像するとちょっとおかしくなる。

5月はまだ食欲は普通にあって、散歩にも普通に行っていた。タコ助に、おれのご飯に手を出すなよといういつもの脅しもかけていた。タコ助は別にウシオのご飯に興味あるわけでもないから、残念な脅しなんだけど、そんな姿を見るとまだまだ大丈夫と思えた。腫瘍は頰を貫き、どんどん増大していたけど。

6月に入って、だいぶ体が痩せてきているのが目につくようになった。食べているのに痩せていく。ガンに栄養を持っていかれているのが悲しかった。

そして食欲そのものが減り始めた。1日2食が朝食べなかったり、半分だけになったり。体重は15.4キロまで落ちた。元々20キロ近くあってまるで段ボール箱のような体型と揶揄されていたのに。合わせて散歩で行ける範囲も狭くなった。

6月20日、コナツが亡くなった。

ウシオはまったくご飯を食べなくなった。2回、マグロは食べた。燻製にしておいた塩漬け豚も数切れ食べた。ヨーグルトを舐めた。AD缶をシリンジに詰めて食べさせた。フィラリア予防薬はぺろりと食べた。少しでもカロリーを取って欲しかった。

6月25日、ヨーグルトを見せても顔を背け、歯を食いしばって何も口にしたくないと言った。立ち上がってその場から逃げた。あぁ、これは最後通牒だなと思った。朝、犬歯を一本吐き出した。

お昼頃、すくっと立ち上がっておしっこにいきたいと言った。もう何日もまともに寝ていないようなのに、意識は常にクリアだった。

水だけは大量に飲むので、これではさすがにバランスが悪かろうと、夕方、皮下で体液と同じ濃度にしたリンゲル(?)を補液した。

夜は外に出て、おしっこするにも、ちゃんと出なかった。

目をキョロキョロさせて、上目遣いにする、ウシオらしい表情は健在だった。

深夜も水飲みに風呂場に来たり、うろうろしていたりした。

6月26日、相変わらずヨーグルトを見せても口にしようとしない。仕方ないね。ぐしゅんぐしゅんと鼻腔からの膿と血液の混じった液を出す日々。腫瘍は左側の顔をずいぶん変えてしまった。静かにうつ伏せになっていた。夕方、補液。しばらくすると脱水が少し良くなったのか目に潤いが戻り、動きも良くなった。

ときどき呼吸の音がハーハーと大きく聞こえるようになった。

22時過ぎも気になる呼吸音。それから半時間ほどして、ゼーゼーしながら立ち上がり、風呂場へ行こうとしてへたる。顔色がものすごく悪い。悪い予感がする。明け方あたり、危ないのかなと思った。二階からきっちょむさんを呼び、お風呂に入っている間、付き添いを任せる。

そして、ウシオは旅立った。

何気にウシオはきっちょむさんに忠実だったから、その時を一緒にいたのがきっちょむさんで良かったのかもしれない。

タコ助はびっくりしていた。いつもならスリスリしにいくのに、横たわるウシオを見て、は!っと跳びのき、どうしたの?と言わんばかりに手でウシオの手にちょんちょんと触れて、すぐに離れた。そして机の上からじっとウシオを見つめていた。

一夜明けて、まだウシオの不在に感情がついていかない。

とにかく寂しくて寂しくてたまらない。

柔らかなその垂れ耳をくしゃっと丸めることがもうできないんだな。

この島に来て間もなく出会ったウシオくん。ここでの生活を共にしてきたウシオくん。一緒にビーチに行き、ドライブに行き、泳ぎ、バンナを歩き、楽しかったよね。

次の場所でも一緒に暮らしたかったよ。

ちょっとビビリでへたれで、慎重で、優しくて、怠惰で、お目々キラキラで、きれいなお姉さんが好きで、きれいなお姉さんじゃなくてもとにかく人間が大好きで、コスプレすると目が死んで、タコ助には偉そうで、ギンには道を譲り、泳ぎが得意そうでいて実は波打ち際を愛していて、車に乗りたすぎて運転席に座って、ボールをわざと隠して人間に取れとしつこく言って取らせて、ヨーグルトを人間が食べ終わる頃を見計らってその容器くださいと目で訴えて、でも一度もおやつくれ、ご飯くれとワンって言ったことなくて、ご飯忘れられたら悲しい顔してるだけで、よく猫をけしかけてあんパンを上から落としてもらって食べて、ノミダニ駆除薬は自らこうべを垂れて付けてくださいとベストポジションをつくり、献血犬として活躍し、夜は必ずハハのベッドで寝て、掃除機かける時だけ私のベッドに乗り、散歩はサボろうとして、声をかけてもなかなか出発せず、のんびり大きなのびをし、壁に寄っかかってヘソ天にして昼寝して、おもちゃは柔らかなボールが大好きで、でも子犬時代にあげた小さなボールも大事にしていて、どのおもちゃも大事に遊んでくれて、ベッドに乗せてはひっくり返って背中でぷーぷー音鳴らして喜び、お客さんに得意げに見せびらかして、ドライブに出かけた先で車から出た後、なかなか帰ってこないくせにドア閉める音させると自分だけ置いて行かれるんじゃないかと大慌てで戻ってきて、お手を何十回でもやってくれて、ああ、他にもたくさんウシオのこと書けそうだな。

そうだ、子猫やヒヨコ、子ヤギ、赤ちゃんにも優しくて、自分がこの子たちを守るんだと正義感に溢れていたな。

私はすぐにものごとを忘れてしまうから、ウシオの細かなあれこれを今のうちに書いておかないとな。

までも、とにかく優しくていいヤツだったな。

また会おうね。ウシオのこと、大好きだから。

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2019年6月18日 (火)

6/7-9与那国島②

6/8、朝ごはんをホテルでとり、同行のPちゃんは海底遺跡ツアーへ。戻ってくるまでゴロゴロ。

さて、今日はどこに行こうかとなり、アヤミハビル館をピックアップ、祖納の集落から山の方へ向かう。前回は閉まっていて入れなかったけど、今回はオープンしていた。建物外側はビオトープという看板はあるけど、あまり生きとし生けるものの気配はない。全体に気がない。。

が、中に入り、子供の絵の展示や、色あせたパネル展示を見たあとで、今季最初に羽化したアヤミハビルことヨナグニサンが羽を広げているのが目に入った。大きい。早朝に出てきてまだ数時間、時折ゆっくりと羽を開閉させる。脱皮は6回繰り返すらしく、それぞれの齢の幼虫もいて、これからしばらくは羽化が続きそうだった(実際、翌日も1頭羽化したらしい)。幼虫はロウ物質に覆われていて、白くつやっとした半透明感がきれい。羽化してからはご飯を食べることもなく数日で命を終える。大きすぎて森の中では木の葉に当たってそれほど距離を飛べないとか。大人になったらやることはひとつ、子孫繁栄のみ。

お昼は、わかなそばへ。

空港にじぃを拾いに行き、無事合流。

与那国の人口は約1700人。役場があって一番人口が多い集落が祖納。その集落をティンダバナの崖の上から見下ろす。町中にいてもあまり人に会わないけど、上から見ててもあまり動きはない。でも住んでる人たちが地域の行事で忙しくしているのは、新聞ややいまの記事から読み取れる。・・狭いから色々あるだろね。

夕方、与那国馬を飼っている方と約束して、馬を触らせてもらった。赤ちゃん時代からかわいがられてるだけあって、人慣れしていて、鼻をゴムのように伸ばされてもへっちゃら。馬と一緒に草原を駆けて、海に入る生活、いいなあ。

6/9、午前中、比川浜や山口陶工房さんを訪れ、残り時間は島半周。早めに空港に行って軽く食べたら、あとはぼけーっと待機。なんせ、日曜だからか空港の売店はみんな閉まっていて、お土産を格子の間から覗き見する以外することはないのだ。空港レストランも飛行機ある時間にしか開かない。この商売っ気のなさ、すてき。

与那国→石垣、帰路は離島割引を使って、5100円の空の旅、船旅のあとではそれはまるで瞬間移動。琉球エアコミューターのプロペラ機は低い高度で飛ぶから遊覧飛行の気分。ゆっくり飛べば石垣も大きな島に思える。Pちゃんたちは夕方の便で石垣入り。

8年ぶりの与那国は自衛隊の駐屯地ができていて、官舎や山の上のレーダー群も造られていて、道もきれいになっていた。

6/1に国土地理院が発行した地図で最西端の場所が260m移って、トゥイシという岩になったそうな。ちょうど見てきたばかりで映像で映ると、周囲の雰囲気と合わせて思い出される。タイムリーだ。

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6/7-9与那国島①

与那国島にいってきた。

2011年4月についで 8年ぶり、2度めの訪問。

行きの石垣→与那国は、4時間の船旅。

私の今回の旅のメインはこの船旅にあって、とにかくどなん(渡難)を体験してみたかった。あと、前回は梅雨入りの日に当たって、雨に烟る景色しか見えなくて消化不良だったので、ちゃんと消化したかったというのもある。

船の切符は当日朝に売り出し、片道大人3550円なり。キャビンは椅子席、ベッドルーム、床に寝られる部屋、ソファと色々揃えられていて、好きなところにいて良し。トイレは広々きれいで車いすでも余裕に入れるユニバーサルトイレも完備。シャワーもあったけど使えるようにはしていなかった。6/7は乗客は全部で10数人だったから実質貸切みたいなもん😍

この航路の船は以前はゲロ船と呼ばれるくらい揺れるので有名だったけど、新船になってからはスタビライザーがついてマシになった模様。この日は波が穏やかで全然と言っていいくらい揺れなかった。西表の北を通過してからはどうかなと思ったけど、全然。ちょっと物足りない気もしたけど、酔わないで済んだからよしとしよう👍この日は船酔い以前に朝の呼吸の状態がいまいちで、CO2が多めのときのえずきの方で涙目だった。

道中、カツオドリが船について飛んでて、海中に魚を狙って突っ込んでく様子が見えて面白かった。

フェリーよなくに、久部良港に入港。
船への乗降は車いすでも問題ないのだけど、前もって言っておかないとエレベータ前が与那国に運び込む物資で埋まって使えない。それこそ軽油やコンテナや各種段ボールの山だから、ちょいとどかして、というわけにはいかない。しばし待って、エレベータで貨物の階に下り、
下船時に切符を船員さんに渡して船旅はつつがなくおしまい。

与那国は晴れ。暑い。

宿泊先ホテルは、アイランドホテル与那国。

港に迎えを頼んでいたので、ホテルの車に乗り込む。チェックインしてホテル向かいの米浜レンタカーでパッソを借りる。まずは島の東側に向けて赤い車でドライブ。お墓群の道が以前よりきれいに舗装されている。与那国では西側が死者の国ではないんだなとふと思う。

東崎は馬さんがたくさん草を食んでいる。仔馬もちらほら。

一旦ホテルに戻って早めの夕飯を済ませてから、今度は島の西側に向けて出発。日本で一番最後に沈む夕日を見に行こう。6/7は19時35分05秒なり。水平線の上には残念ながら雲がかかっていて、日中はあんなにギラギラ照りつけていた日差しももう翳り気味。かと言って雲が真っ赤に焼ける条件でもなく。西崎で風に当たって涼んで、1日目おしまい。

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2019年6月10日 (月)

毎月10日はノミ・ダニ駆除薬(6/10)

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2018年10月17日 (水)

9/19〜10/12、チーバくんちへ

9/19〜10/12、5月に次いで再び千葉県民になってきた。まだ気温は暑かったけど、曼珠沙華が畔に咲いていて、秋らしい風景を見てこれた。金木犀をかぎたかったけど、台風にやられて香りが飛んじゃっていて残念賞。

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3週間ちょっといたけれど、房総半島から出ることなく、姪っ子さんにみっちり遊んでもらってのんびり過ごしてきた。

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メインの目的は彼女のお誕生日を祝うこと。

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4歳、おめでとう。ケーキを前にひとことどうぞと促したら、嬉しくてドキドキする、感動して涙が出ると言っていた。プレゼントを開けてのひとことは、自分が大好き、みんなのことも大好き、だった。自己愛、博愛ともによく育っているようで。

滞在中、山女には2回会って、1回目の三連休では、一緒にお買い物、そして地魚がおいしいお寿司屋さんでご飯。2回目の三連休では、鴨川シーワールドで現地集合して、一緒にシャチやアシカのショーを見て、ペンギンちゃんのポシェットとセイウチさんのぬいぐるみを思い出のお土産にそれぞれ持ち帰ってきた。シャチやイルカのショーは先進国ではもう過去のものとなりつつあって、そのうち日本でも見られなくなるんだろう。実際、シャチがほんとは美しい着水で余分な水しぶきなんてあげる必要ないところを、無理矢理腹から落ちて派手な水しぶきをあげることを、餌と引き換えにやらされているのを見てると、正直、奴隷だよねという感想が漏れてしまう。トレーナーのお姉さんたちのシャチとの息の合ったパフォーマンスは、そりゃあ、空を飛んでるようですごいし、シャチに乗って水面を走るなんて、一度はやってみたい夢だけど。

水族館のお土産コーナーに並ぶ商品は、誰をターゲットにしているんだろう。子供向けにしてるのか、チープなデザインのものが目につくけど、子供見てると全然興味持たれていない。

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ごっちゃりカクレクマノミ。全部オスでしょか。海ではありえない光景に脳がついていかない。

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ニシキテグリが簡単に見える。

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リーフのない海は潮騒がちょっと怖く感じられる。

千葉市美術館にも行ってきた。

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(上記2点画像は千葉市美術館HPより)

私の知らない時代に生まれた、つくり手たちのヒリヒリするような主義主張を浴びてきた。

角度によって色が変わって見える球やハイヒールがシンプルに面白かった。

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鋸南町の保田にもPちゃんたちと行ってきた。ここでも地魚を食べる。

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保田小学校の校舎を利用した道の駅。

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今回は、千葉に行く前に母が風邪を引き、それを私がもらい、さらに二階のリサーチャーたちにも移り、ちょっとした局地的なパンデミックが起きていて、私はまだ痰が残り完全に治りきらないまま飛行機に乗らざるを得ず、なかなかにきつかった。羽田から居候先に行く車内でも窒息しそうだったし、もう治ったからいいだろうと、韓国料理屋さんでスンドゥブ食べたら痰が再び出現して、帰りの車内で文字通り死にかけた。

人として成り立つ最低限の筋肉が欲しい。

島の家に帰ってきて、のびのび。とはいえ、離れていた間に体が変形したから、それまで使っていたものが使いにくくなっていて転ぶ、落ちる、倒れる。ただひたすら、面倒くさい。

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アップルパイおいしかった。

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アローカナ4人娘

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空室になっていたニワトリ小屋に新たな入居者がやって来た(10/14)。アローカナ娘4人組。当初は一夜限りのお泊まりの予定で3羽がゲスト宿泊しに来たのだけど、これだったらまた飼ってもいいのではないかと賑やかになった小屋を見て思い立ち、翌朝、1羽は別のところに行き、2羽別な子が入った。

この子達の仲間は10数羽、あの世行きを言い渡され、すでにお肉となっている。うち1羽をいただいたので、チキンスープにすることにした。

あの世行きを手伝ったYは、レバーペーストと蒸し鳥と体内の卵黄、いわゆるキンカンをキャベツと炒めた品を作った。

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みんなでありがたく鶏さんをいただきました。合掌。

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2018年8月 9日 (木)

フサキリゾートのプール

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今年フサキリゾートのプールエリアが改装されて、スプラッシュパーク&ビーチサイドプールがオープン。

3~6月および9~10月はキャンペーン価格で12才以上は1500円、2~12歳未満は1000円と言うことで、どんなもんかなとオニコ連れて行ってきた。

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スライダー、大受け。

子供用の浅いプールも大人も泳げる深いプールも制覇。

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久しぶりに淡水に入ったけど、海水のような柔らかさがなくて疲れる。

翌日、ぽっと8度超えの熱が出た。

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2018年6月27日 (水)

台北-女三世代旅PartⅢ-④

台北で目覚める3回目の朝。天気予報だと午後に雨の時間帯もあるので、まずは午前中少し遠出をして、食器を見に行き、午後はまた市内中心部でうろついて、ひたすら台湾名物を食べることにした。

前夜に下唇に出血を見たオニコの傷はというと、まるで何事もなかったかのごとく、ツルッツルのきれいな粘膜になっている。一晩ですっかり癒えていた。最近ちょっとした切り傷や蚊に刺された痕がいつまでも残るようになった私からすると、この再生能力の高さは羨ましい。

ホテルでタクシーに乗る。運転手のおっちゃんに○○に行きたいとE子が告げると、今は食器見に行くならそっちじゃなくてもいい、こっちにしろと言う。ホテルのスタッフはそんなことないと言いたげだけど、おっちゃんの押しに負けて、言う通りにした。

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走ること10分やそこらで、おっちゃんが、ほらこの辺にそういう店があるだろ?あの辺りに車を停めるからなと言って降ろされた。確かに高架下には店が並んでいて、確かに厨房機器やなんかが見えるが、食器は?え?もしかしてほんのわずかにある、プラスチックのチープな皿とかカップを意味してる?と思った時にはおっちゃんはもう去っていた。業務用厨房機器、つまり冷凍庫やテーブルやでかい鍋やなんかを見に来たんじゃないのになあ。遠出して川の向こうに行くのを拒否された模様。

ま、仕方ないねと、ぷらぷら歩く。界隈の雑多でお世辞にもキレイとは言えない店の並びに、突然、豆漿と書かれた改装したばかりと思われるオシャレなお店が通りの角にあった。爽やかなお兄さんがカウンターにいたので、豆漿を試飲させてもらう。豆豉も味見する。お土産に持ち帰る。

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地図を見てどこに向かうか定める。

少し距離はあるけど、雑貨屋さんがありそうな界隈に向かうことにする。

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パパホエールという小洒落たホテルを通過する。ここ、西門町。世はサッカーワールドカップが始まったところ。

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ポツポツ雨が降る。

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ビル壁に取り付けられたエアコン室外機の数々。落っこちてきそう。

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魯肉飯のお店発見。ごはんにひき肉が乗った丼。塩辛いイメージで口に運んだら、予想外に優しい味で、あとを引く。

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麺もスパイシーだけど塩辛くないから食べやすい。

台北の歩道は、ビルが並ぶところでは軒先を深くして屋根をつくり、足元は1店舗ずつ床の高さを違えていても必ず隣同士スロープをつくっていて、陽に当たらずに、もしくは雨に濡れずに進むことができる。スロープは滑らか。これはバイクが多いからなんだろうけど、台北全般にバリアフリー感が強いのは、陳水扁さんの奥さんが車いすを使うからかなと思う。設計の段階の思想みたいなものを感じる。

歩いているうちにハハの脳内から雑貨屋さんに向かうことが消えて、胡椒餅を買いに行くことに置き換わっていた。いきなり違う方角に向かい始め、いきなり胡椒餅に話が飛んで、E子がムカーっと来てプチっと切れた。どうして決めたことをひっくり返すの?と。ハハは悪気はないのだけど、去年台北で自分が行ったお店に一種の守備範囲内の気持ちがあるから、そこに行きたいとなったら、行かないと落ち着かない。オニコは、ねえ!喧嘩してるの?お話してるの?ばあばを怒らないでと言う。喧嘩じゃないよ、お話だよと言って、兎にも角にも胡椒餅屋に向かうことにした。


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ハハが去年来た胡椒餅屋が見えて、「テリトリー内にいる」という安心感から俄然元気になる。ふたつ買う間、オニコはトイレへ。このトイレはだめ、あのセブンイレブンはトイレはない、さあどうしようとなって、ハハが三越がこの先にあるからそこに行くといいよと言った。無事トイレ終了。ハハ、これを手柄話として帰宅後リピート中。


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いったんホテルに撤収。胡椒餅は、スパイシーなハンバーグが小麦粉の生地に包まれてる。食べ進めるとスパイシーさが効いてくる。

お昼寝タイム。

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4時頃、再度お出かけ。行き先はまたもや龍山寺近辺。剥皮寮でまた休憩。一回行ったとこをまた行くのもオツなもの。目が慣れると最初とは違うものが見えて来る。

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夜市を冷やかして歩く。

路上に広げたシートの上に、どう頑張って想像力を膨らませてみても一文の値打ちもない、ガラクタらしいガラクタがたくさん並んでいる。相当酔っ払ってるか、罰ゲームか、はたまた売り手のおっちゃん達とのやり取りを楽しむか、劇で蚤の市を再現するか、それ以外にこのガラクタを買う機会はなさそう。これだけのものを毎回広げて仕舞うだけでも相当な労力だよねえ、実は何か別のものを売ってるのかねえと言いつつ、横目で流して行く。この通りには、かなり年齢がいっている女性が、それらしき服を着て暗がりに立っている。多分、春を売っているんだろう。屋台の中で断トツの人気を誇るのはカットされたスイカだ。みんなむしゃぶりついている。

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石垣でも夜市を真似して桟橋マーケットなるものを港で何度か開催しているけど、あんまり中身が伴っていない。オシャレ感を出そうとしてるのが見えるものの、アジアの屋台を謳うとなると、なんか違う。参加屋台数も少なく、値段は高めで、さっと見て終わってしまう。自然発生的な市のにおい、雑多な雰囲気、そういうのがイベントだと出ないんだろう。道交法で公道を遣うことを一律に禁止してる限り、取って付けたような夜市になるのはしょうがない。

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金城武とぶつからないかなあ。

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肉まん屋さんがあったので、高菜饅と海老餃子を注文する。この高菜饅がめちゃめちゃおいしかった。なんといっても塩辛くない。高菜シャキシャキ。オニコに、今日は何回ごはん食べるの?とあきれられる。

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夕方の日を浴びる龍山寺を、今度は正門から見る。富貴吉祥の文様を眺めご利益に預かるよう、おねだり。電光掲示板が、ちょい興ざめだけど。

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華西街夜市のアーケードに入る。

マッサージ屋さんがたくさん軒を連ねている。美容系の店内の床では、何人もの女の人が車座になってネイルをやっている。蛇を食べられる店もある。

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粥店があって、なかなかの賑わいを見せていたので、ここでお夕飯を取ることにした。路面に並べられた簡易テーブルに、適当に頼んだお惣菜とお粥を置く。周りではご飯やお粥に揚げた魚を乗せて食べてる人が多い。お店のお兄ちゃんが簡単な日本語を話すので、聞けばAさんという彼女が東京にいるらしい。彼女もここのお惣菜食べたことあるのかな。賑わってるだけあって、なんてことないお惣菜だけど、どれも美味しかった。

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ジュース屋さんでミックスジュースを飲む。搾りたての新鮮なジュース、うまい。日本だとフレッシュな果物があまりにも高級すぎて、こういうジュースもなかなかない。

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艋舺公園で何するまでもなく集う地元民に混ざって、日暮れどきのひとときを過ごす。そのうち、噴水ショーが始まる。おっちゃんに、日本人か?と聞かれ、日本人だと答える。何かわわ〜っと言われるけど、すまぬ、中国語も閩南語も分からない。E子が、なんで言葉が通じないのにああやってずっと話し続けるのかね、意味ないでしょ、理解出来ないと言う。非言語コミュニケーションってもんがあるでしょ、黙り込むよりよっぽどいいよ、返答なくても話し続けるのは人間性あるよと思う。

お菓子屋さんを覗いて月餅や大福を買う。店のおじちゃんもおばちゃんも、雰囲気が懐かしい感じ。応対が柔らかい。

ホテルに帰る道すがら、本屋さんがあったからのぞいていく。どうやら教科書や参考書、ドリルの類が置いてあるっぽい。E子は、じゃあ先にホテルのケーキ屋さん見に行ってるね〜、ごゆっくり〜と別れる。ハハ、こうなるともう途端に焦りの境地に陥る。私は本をちょっと見てみようと思ったのに、ハハは即出てしまう。行き当たりばったりの、目的が見えないことに時間を取ることへの怒りがすごい。spontaneousなことが受け入れられない。初めて入る店で、私も何がどうとは言えないのに、目的を言え!!っと路上で叱られる。もういいや、と、ホテルに行こうと言うと、今度は猛然と店に戻る。オニコがこれを見て、あ!車にひかれる!と思ったらしい。確かに危なかった。。何はともあれ、数冊、面白そうな本を買って来た。無駄に命がけ・・。

オニコは心配でホテルの部屋には戻らず、外で待っていた。

夜食にケーキを食し、1日が無事に済んだことをお祝い。

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4晩お世話になった変圧器。これのおかけで呼吸ができました。ありがとう。

最終日は帰る移動のみ。

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ホテルから桃園の空港へは、予め予約しておいた送迎車で向かう。空港でチェックインを済ませ、Wi-Fi端末を返却し、出国手続き。

オニコ、荷物を乗せるカートに乗りたくなって、乗る!乗る!と言い張る。乗る!ダメです!乗りたい!絶対にダメ!乗りたい!これは人は乗っちゃいけないやつなの!乗るーー!乗れません、ルールです!

私とハハは係りの人に連れて行かれて、待合室までひたすら移動。途中、お土産見るチャンスもなかった。E子はきっと免税店で何か買ってくるだろうと思いきや、オニコが全く店に寄られせてくれず、こちらも全くお土産見るチャンスなく。待合室から近いとこで肉まん買って軽食にした。

待合室で再びオニコと会って搭乗を待っている時に、カートの件を持ち出して来て、あの時はどうしても乗りたかったんだけど、ママにダメって言われたの。あれは人は乗っちゃいけなかったんだね、と語って来た。ちゃんと自分の中で折り合いをつけたらしく、話をまとめていた。よろしい。

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チャイナエアラインは帰りもほぼ台湾人客で占められていた。石垣に着くと、ターミナル出たとこでクラブメッドの出迎えがある。なるほど、みんな家族連れでここに行くのね。40分弱のフライト時間で帰島。

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石垣、暑い!!と空港ターミナルを出て叫んだ。
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飛行機代大人2人分(預け荷物は1人頭30kgまで):72,100円
空港ホテル間送迎(チャイルドシート1台追加)片道:NTD 1,750(6,614円)
Wi-Fi端末(無制限4GポケットWi-Fiレンタル5日間 KKDay):NTD397
ホテル(台北ガーデン ホテル4泊トリプルルーム):NTD19,137.75 (70,151 円)
レストラン5人+幼児:¥23,900円
海外旅行保険4人分(t@bihoたびほ):7,410円

1台湾ドルは約4円と概算して見てました。

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帰ってから見た映画
『ヤンヤン 夏の想い出』
『台北ストーリー』
『海角七号 君想う、国境の南』

そのうち見ようと思う映画
『セデック・バレ』
『悲情城市』
『KANO』

石垣で見たことあるドキュメンタリー
『はるかなるオンライ山〜八重山・沖縄パイン渡来記』
『海の彼方』

石垣で聞いたことある台湾原住民のレゲエシンガー
MATZKA
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李登輝元台湾総統が沖縄の慰霊の日に本島に来ていた。95歳。台湾の未来をどう見ているのか聞いてみたい。


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