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2025年9月29日 (月)

北見旅③

8/23 Day2

夜に降雨があった。今北見は玉ねぎの収穫の真っ最中。雨が降ったら収穫作業は一旦止まる。なら、畑をやっている親戚の家に行くのは今日が良いとのことで、午前中相内に向かう。10年ぶりの訪問。私は家に入るつもりはなかったけど、流れで入ることに。玄関が広いのでなんとか入れた。近況報告のおしゃべりと、Rは、大きなトラクターに乗せてもらって社会科見学。はとこの子どもたちも加わる。ランチはトリトンのお寿司をご馳走になった。オヒョウが美味しい。

親戚の家をおいとまし、玉ねぎ畑見物とご先祖さんのお墓参り。日照りで玉ねぎが2割小さいらしい。

その後ミミおじさんちに寄ってから網走へ。小学1年生以来、実に40年ぶりの網走監獄見学。歩いてたときの記憶にはなかったけど、結構坂道きつかったのね。電動車いすのパワーが恋しくなる。

林にエゾリスが跳ねている。

まずは中ががらんとした教誨堂を見学。独居房、浴場と見ていく。そして舎房へ。

五翼放射状平屋舎房の形式を取る建物は、中央に見張所があり放射状に5つの舎房が伸びる。子供の時に見たものって大人になってから見ると小さく見えることがあるけど、監獄の舎房もそんな感じで記憶にあるものより狭く感じた。

屋根にはガラスを破って逃げようとする白鳥由栄がいた。小学生の時に見たマネキンと同じなのか新しいのか。白鳥由栄は「ゴールデンカムイ」の白石由竹のモデルだ。1907年生で1979年に71歳で亡くなっている。もっと昔の人と思っていたけど、そんなことなかった。人が作ったもので壊せないものはない、という信念のもと虐待や環境の悪さから青森、秋田、網走、札幌で計4回脱獄している。関節外しが得意で、健脚、力持ち。並の人間ではない。

網走の囚人って聞くと凶悪な犯罪者って思いがちだけど、実際は明治維新後のゴタゴタで政治犯が増え、網走監獄にもその一部が送致されたというから、思想の違いで極寒の地に送られて、死んでも良いからと刑務所を作らされ、道を開拓し、結果北海道のインフラの基礎ができたというのが実情。

続いて漬物庫、農作業道具が展示してある耕転庫、遠方で作業する時に寝泊まりする休泊所、味噌・醤油蔵を見学。休泊所のマネキンが怖いとLが言う。

網走監獄のお土産屋さん、ゴールデンカムイのグッズはありそうでない。昭和の雰囲気の品揃え。

夜はミミおじさんも一緒に北見の洋食屋さんマルシェへ。店内に入るといかにも美味しそうな匂いでいっぱい。私はエビドリアを注文。北見の名物オホーツク塩焼きそばやおじさんの頼んだステーキも味見。どれも美味。こうあってほしいという期待に応えてくれる洋食屋さんだった。

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2025年9月28日 (日)

北見旅②

8/22 Day1
10時に自宅を出発。30分ほどで羽田に到着。お弁当を見たり、トイレに行ったりして出発ゲート前で待機。Rはキッズコーナーの遊具で遊んですでに汗だくになっていた。

搭乗前に水を飲む。乾燥する機内で、加湿器なしの呼吸器のエアーは、喉を痛めて風邪をひく要因になる。絶対に風邪は引いちゃいかん。

JAL567便、羽田12:30ー女満別14:15

最後に飛行機に乗ったのは2019年11月15日。約6年ぶりとなる。今回は搭乗時の車いすにリクライニング対応のものを依頼しておいた。羽田にはあるけど、他空港では用意できないかもと言われていたけど、実際は羽田だけでなく女満別でも用意されていた。リクライニング対応車いすは、きつい側弯には合わないのでこれはこれで必死。気道が塞がるけど、何分か耐えるだけだと言い聞かせて運ばれて座席へ。座席についたらついたで、今度は体を座席に固定するのに手こずる。以前のJALの上体固定ベルトはシンプルな一本のベルトで、腰部固定すればよかったけど、今はANAのと似たようなもので、腕を通して上部で固定するタイプ。これが大失敗。首が前に落ちて気道がつぶれ、言いたいことが伝わらないまま誤った方向にみなが進めていく。CAさんに取り囲まれ、このままじゃ降ろされるかもとヒヤヒヤする。ようやく妹に首を反らしたいことが伝わり、背中に色々詰めて、ベルトは自分のを腰に巻いて、なんとか形が取れた。

一旦体勢が取れればあとは問題なし。足痺れてきたなとは思ったけど、まあ耐えられるレベル。飛行時間は1時間半ほどで、3時間強かかる石垣に行くことを考えると、ものすごく短く感じた。ランディング直前大きく揺れたものの、無事着陸。

座席からまたリクライニング対応車いすに移り、自分の車いすに移って、一安心。預け荷物を取って、到着ロビーで待ち受けていたおじさんと合流。レンタカーの手続きをしにおじさんと妹でオフィスへ行く。LとRは出発ロビーにあるオニオンスープマシンでスープを飲む。

レンタカーはTOYOTAのウェルキャブ。ハイエースの後部にアームが付いていて、パワフルに車いすごと車内に持ち上げて入れてくれる。Rはおじさんのスーパーカーに乗るんだと初対面なのについて行ってしまった。スーパーカーの後をついて、一路北見市へ。車窓からはパッチワークみたいな畑が広がる北海道らしい景色が見える。

小一時間走って、5時、ホテルロイヤル北見に到着。

ファミリールームがある手頃なホテルはここだけだったので選んだんだけど、古いから設備面でどうかなと心配してた、が、お部屋広々、長めもよく、駐車場も平置きで文句無しだった。強いて言えばベッドが柔らかすぎて座るのに難儀したけど、最悪ではなかった。

夕飯はおじさんとE子でトリトン系列のお弁当やさんに買い出し。お部屋で食べた。

ファミリールームがある手頃なホテルはここだけだったので選んだんだけど、古いから設備面でどうかなと心配してた、が、お部屋広々、長めもよく、駐車場も平置きで文句無しだった。強いて言えばベッドが柔らかすぎて座るのに難儀したけど、最悪ではなかった。

夕飯はおじさんとE子でトリトン系列のお弁当やさんに買い出し。お部屋で食べた。

買い出し中、子供がエアコンつけてたらしく、部屋がチンチンに冷えていた。やっぱり日が暮れると寒いんだと耐えていた私はお腹が痛くなり、寝るときも寒くて寒くて、ユタポン抱えて毛布かぶって寝たのだけど、エアコン消したら今度は暑くて暑くて、この夏一番の大汗をかいた。全身ぐっしょり。見事、寝不足。

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北見旅①

8/22〜26、10年ぶりに北海道は北見に行ってきた。旅のメインの目的は、人手にわたることになったひいおじいちゃんの家の見納め。そして道東ドライブ。

今回は前回メンバーに甥っ子が加わり、母、妹、姪っ子L、甥っ子R、私、5人での旅。現地では前回と同じく北見育ちのおじさんがアテンドしてくれた。

石垣を出てからというもの、もう二度と飛行機に乗ることはないだろうなと思っていたのに、我ながら大それたことを考えたもんだ。結果、なんとか飛行機に乗れて、家の見納めもしかとできたし、一年で一番良い気候の時に行ったから、爽やかこの上ない気温の中で雄大な景色を楽しめたしと、大満足。正直帰りたくなかった。5日間は短すぎた。

10年も経てば、おじさんたちは白髪にもなるし、おじいちゃんの妹2人のうちひとりはもういないし、もうひとりも98歳で認知症で施設にいて、親しい人ですらもう分からなくなっている。自分が小さな頃から知っていて何かとかわいがってくれていた人たちと会えなくなるのは寂しい限り。そして老いていく人もいれば、新たに誕生した子たちもいて、10年の歳月というのはなかなかの重みだ。

旅をするとその時の自分の残存機能が記憶に刻まれる。まるで目次のよう。10年前はトイレに座ってた、ひいおじいちゃんの家の湯船に入ってた、今と同じ車いすを使ってたけど背もたれもヘッドレストも使ってなかった、飛行機の座席にすんなり座っていた、日中は呼吸器を使っていなかった、車いすに座ってご飯食べるのが全然苦ではなかった、車と車いす間の移乗ができた、おじさんちの居間のソファに座ってた、etc。

今はというと、車いすには常にヘッドレストをつけてもたれ、食事や口腔ケア以外は常時呼吸器を使い、自分の車いす以外に座ることはできず、トイレを使うなら二人がかりで抱えててもらわないと1秒も座っていられず、車いすに座ってご飯食べるのが10分勝負、自分でできることと言ったら唾を飲み込むこと、むせないこと、痰をつくらないこと。手足や体幹にまつわることならば、誰かに頼ったり車いすやら呼吸器やらを使ったりすれば事なきを得るけど、その先となると詰むとひしひしと感じる。

この状態になってからの泊まりがけの旅は初めて。まず、トイレは行けるときは行くけど無理はしない。150cc×3回のおしっこを吸収してくれる尿取りパッドを武器に、我慢の限界を迎えたところで無表情で恐る恐るいたす。車いすのまま乗り降りできるリフト付きレンタカーを使って移乗自体をやめる。ご飯はよーいドンで素早く終える。なんなら1食抜かす。お風呂は入らないで体を拭くのみにする。飛行機の座席はベルトを使って体を固定する。

まだ、弱いとはいえ自発呼吸はある。嚥下も角度さえ取れれば大丈夫。これは想像以上に大事なこと。キープしておきたいけど、キープできないのは確約されている。未来はいつも暗い。

大満足で終えた旅だけど、「あんたは何にもできないんだから黙れ」「何言ってるか分からないから黙れ」を呪文のように唱えられ、なんなら6歳児にもそう言われ、頭部を固定されてるせいで視野が極端に狭い上に、ここそこでぽんっと置かれてしばらく待機で無になる時間を味わい、私の尻事情を巡って繰り広げられる諍いにすまなく思い、ドライブ中や親戚一同との宴会時に、常にもよおしたらどうしようとびくびくし、朝から晩まで何かとLとRが喧嘩するのを聞き、つまり旅の9割方は楽しさとは無縁。残る1割で9割を凌駕した。

下準備
①航空券を予約購入する。
②ホテルとレンタカーを電話予約する。
③かかりつけ医に搭乗診断書の記入を依頼する。快く承諾していただきありがたい限り。JALにFAX(!)で診断書を送信してOKをもらう。
④呼吸器の業者に旅行に行くと伝え、緊急連絡先を聞く。今回、札幌から遠いということで、滞在先ホテルに予備の呼吸器で私の設定に合わせたものを用意してもらえることになった。めちゃめちゃ心強い。呼吸器は年に2回は不具合起こしてフリーズするからちょっと信用ならないので。
⑤出発三日前に荷物をホテルに送る。

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ブログの文字を大きくした

老眼が辛い。

前々からこのブログの文字サイズを大きくしたかったけど、どこで変更するか調べるのが面倒だったから、手っ取り早くCSS上書き。

.content p {
font-size:medium;
line-height: 1.7;
}

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2025年9月28日12時08分、銀は私の右上横で箱座り体勢でじっとしている。静かに呼吸をしている。

7月から食べているのに、どんどん痩せてて、6kgあった体重は4.9kgに落ちた。1週間に100gずつ銀がこの世に占める体積を減らしている。

獣医さんでは8/18に血液検査してもらい、その時の数値は良好。そこからの一ヶ月で何が起きたんだろう。もうおでこのことは手立てがないから連れてこなくていいよと言われている。

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昨日までご飯は食べ、水は多すぎるくらいしっかり飲んでいた。それが今朝、崩れてしまった。最終コーナーに入ったかもしれない。

明け方からお漏らし2回、さらに1回、💩も無意識に床にぽろり。水飲んで吐いて、ご飯拒否。ついに食べなくなってしまった。

スープ状のフードを見せても、匂い嗅いで顔を背けてしまう。食べたくないものは無理強いできない。

去年9月に左おでこの状態が悪化して、抗生剤を投与して一旦は良くなったけど、右おでこに出現した方が今年に入ってぐんぐん育って3月からエリカラ生活に。7月下旬からプラスチックのエリカラに替えて、患部を触れないようにしている。9月に入って包帯を巻いて血が飛び散るのを防いでいる。この厄介なものに命を取られちゃうのかな。

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ふと触れる銀の温もりとフワフワ感は、私をこの世に繋ぎ止めている唯一のアンカーなのにな。

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2025年9月25日 (木)

鳥居崎海浜公園

9/25

近所の散歩にすっかり飽きてしまった。似通った家が立ち並ぶ住宅街、気軽に入れるカフェがあれば気分転換にもなるけど、一軒もない。四季を感じる森や林の小道や川沿いの遊歩道もない。干からびたような公園はあれど、入口で車いすは退去命令出されてて入れない。鳥すら見かけない、生物の気配がほぼない地。

バンナ公園の木漏れ日、オオコウモリ、マーニの香り、虹、イヌビワ、恋しい。

阿寒湖畔の遊歩道にどこでもドアで行きたい。

飽きてしまったので、母に頼んで海辺へ行ってきた。夏は海なんて行かなかったなとふと思い。

中の島大橋は高さ27メートル、長さが236メートルという日本一高い歩道橋。トップまで幾重にも連なる坂道を行く。上がるにつれて風が強まって、トップに行くとその高さと強風でビビって膝が震える。景色良し。渡り切って中の島に降り立ったけど、ここはトイレがあるくらいで、特に行くところはない。木々で海水も見えない。んー、ベンチや現代アートのオブジェがほしいところ。シュンとなって再度橋を渡って戻った。ほぼ誰もいないカフェでひと休み。その後もう少しうろついて帰宅。

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2025年9月15日 (月)

千葉県立美術館

「高島野十郎展」を見に千葉県立美術館に行ってきた。

没後50年 髙島野十郎展
会期:2025年7月18日(金)~9月28日(日)

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「ノートルダムとモンターニュ通Ⅱ」

https://virtualmuseum.fukuoka-kenbi.jp/yajuro/440/

明治生の人が船でニューヨーク経由で欧州へ行く。何を食べ、どうコミュニケーションをとっていたのだろう。

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作品数約150点とあって、お腹いっぱい胸いっぱい。

闇を描くために描かれた月が、ぽわあっと光っていた。蝋燭の絵は炎のゆらめきをキャンバスに繋ぎ止めていて味わい深い。静物画の葡萄がつやつや。

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2025年9月14日 (日)

1999-2025/9/14

21のときにオーダーメイドでつくった手動車いすを手放した。

廃棄物処理センターに持ち込んで手放す前に、最後ちゃんと見て、記念撮影しようと心づもりをしていたのだけど、朝、住宅街を飛び込みで回っているよく分からない廃品回収業者に、勢いで渡してしまったらしい。清々したと喜ぶ母の声に、なんだろうと思っていたらそういうこと。せめて一声かけてほしかったけど、後の祭り。え?って絶句する私に、あんなのただのゴミでしょ、写真なんて撮ってどうするの、無駄無駄、バカかとばっさり切って捨てられた。いつものように怒鳴られた。

一応ね、記録というものをしたいのだよ。他人には無駄かもしれないけれど、これはあくまでも私のもので私のこと。自他の境界が曖昧で、他人がどう思うかに関しては全くと言っていいほど理解ができない母なので、説明しても一切伝わらなかった。

一般的な既製品の車いすではなく、成人後初めてつくったフルオーダーメイドのもの。肘掛けなし、ヘッドレストなし、究極にシンプルなつくり。軽い。機動力抜群。まだ体幹はあったから、2回落車した以外はこれで無事だった。大きな声では言えないけれどエスカレーターにも乗ってたし、軽いから車いすごと運ばれるのもへっちゃらだった。

ちゃんとお別れしたかったな。26年ありがとう。

嗚呼、写真。

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