2025年10月16日 (木)

北見旅⑥

8/26 Day5

5日間の旅の最終日。JAL564便、女満別を15:05に発ち、羽田に17:00に着く。午前中、北見駅近くのセイコーマートとPARABOに行ってお買い物。セコマのレジ横にオランダ家の楽花生パイがあって、おう、こんなところで目にするとは、誰か買ったかなと、房総の住民としてちょっぴり気になった。

PARABOがお休みという表示にドキッとしたけど地下の食品街は開いていたので、そこで北見土産を物色。

車に乗って、ガススタでオイルを入れ、甥っ子がどうしても行くと言って聞かないから行かせた某ペットショップで甥っ子たちをピックアップ、クロネコヤマトで荷物を出し、空港へ向かった。途中、懐かしのドライブインに寄ってあげいもを求めるもメニューに見当たらず。10年前に食べたやつ、手作りでアツアツ、絶品だったのが忘れられない。ノスタルジーに浸れない。

女満別空港着。レンタカー返却。空港におじさんたちがお見送りに来てくれた。ありがたや〜。しっかり握手して、またね、と言った。ちなみに40年前はこの空港で、E子がおじさんに次会うときはそのお腹引っ込めてねと言ったらしい。40年経ってもビール腹は立派だった。大黒様のようで良きこと。

ヨーグルトドリンクで水分とカロリーを摂取し、トイレを済ませ、いざ搭乗。行きで学習したので帰りは着座が少しはスムーズにいった。羽田上空で少々待たされた後、着陸。パッチワーク模様の畑が広がる大地から、くすんだ灰色のコンクリートの塊に帰ってきた。

帰宅。

体幹なくしてからの旅行は、正直不安だったものの、なんとか無事にやり終えた。呼吸器もエラー起こさず、ずっとシュパーっとエアーを送り続けてくれた。夜間に外部バッテリーの充電するから加湿器を使えないこともあったけど、喉は無事。痰もなし。

ちょっと必死さはあるけど、なんだかんだでよく食べたもんだ。疲労感は特になし。何なら翌日また北海道に行こうと思えるくらいには元気だった。

10年ぶりの道東、やっぱりいいところだ!網走湖や屈斜路湖畔のキャンプ場でテント張って眠りにつきたい。

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2025年10月14日 (火)

北見旅⑤

8/25 Day4

午前中はホテルで寝ていようかと思ったけれど、短い滞在期間で半日潰すのももったいないと思い直し、出かけることにした。

朝ごはん時に、残しておいたクマヤキを巡ってうちの旅行にはつきものの絶叫交えた喧嘩が勃発。昔旭川でもやったよなあと思い起こす。発端は些細なことだけど、コミュニケーションに難があって、通常なら伝わるものが伝わらない母と、それが耐えられず導火線が短くなっている妹。ベッドに身を投げ、この世の終わりとばかりに泣き叫ぶ母の状態を引き金に甥っ子の癇癪というか、一切の言葉がけが通用しなくなって、殴る蹴るの暴力が炸裂。30分ほどhell timeを過ごした後、ようやく鎮火。

気を取り直して、お出かけ!北見駅へ向かう。

カーリングのオブジェがある。廃材再利用を謳っていて、色はくすんだグレーベース。

まずはチーズケーキ、「赤いサイロ」の本店、清月へ。うちには今までに食べた赤いサイロの箱がいくつあるんだろうってくらい溜まっている。このケーキ、ふわふわで溶けるような舌触りと、しっかりしたチーズの味が美味しい。

店内はお菓子天国。赤いサイロのマスキングテープやメモ帳、マグネットなんかのグッズもある。生ケーキもあって、今どき見ないような200円台というリーズナブルな値札がついている。試しにティラミスやチョコケーキなどを買う。その他赤いサイロをはじめ、チーズサブレやブランデーケーキ、バウムクーヘンなどなどしこたま甘いものを買い込む。

すっかり重たくなった荷物を姪っ子も手伝ってホテルに運ぶ。

車に乗り込んで相内のおじさんの家(ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんが昔住んでいた家)に向かう。子供の頃から幾度か泊まっていた家。前はぼっとん便所で、2階のトイレなんぞ蓋を開けると真っ暗な穴が広がっていて、怖い怖いと震えながらしゃがんでいた。今はリフォームしてあって、少なくとも1階はパッと見、新築と変わりないツヤツヤのフローリング。トイレもお風呂もきれい。数年前におじいちゃんの妹が亡くなったけど、このおばさんのために手すりも張り巡らせてある。

玄関にスロープ置いたら家に入れるなあとぼんやり思いつつ、たたきでティラミスを食べる。あー、美味しい。と、ここで恐れていた神様の降臨。どうする、どうする。。

結局おんぶでトイレに行った。見納めしに来た家でマーキング。私らしい。ここでおばさんの手すりが大いに役立った。ありがとう。

お昼は道挟んで向かいにあるお蕎麦屋さん、やま源に行く。テーブルには4人しか座れないという店のおばちゃんに、私は椅子がいらないからテーブル1つでいいと言うのに、4人しか座れないと繰り返すおばちゃん。ひとりでホールやってて手が空かないようなことを繰り返す。噛み合わないので、とりあえず1つのテーブルを使う。カレー蕎麦や冷やし蕎麦などを注文。十割の田舎蕎麦。


相内のバス停。どんどん便数が減っているらしい。

おじさんが小学生の時から趣味にしている模型飛行機。アルコールを燃料に飛ぶ。

午後は周辺をおじさんナビで北見地区農道離着陸場(スカイポートきたみ)などを周ってから、留辺蘂へ。時間があれば温根湯にあるつるつる温泉に行くのもありだけど、家族風呂がないのでパス。道の駅 おんねゆ温泉で遊んだ。留辺蘂は木材の集積地だったので、ここの道の駅はそれにちなんで木材を使ったワークショップや「世界最大級のからくりハト時計塔」、木製の遊具があって、子供を遊ばせるにはまずまずのところ。敷地には北の大地の水族館(山の水族館)もある。

ハト時計、10年前にも見たけど、壊れずに動いてるだけ拍手。木でできたアナログなゲームもあって、その音声といい、雰囲気といい、まるでイカゲーム。負けたら撃たれそう。

水族館はオープンからまだ日が浅かった前回と比べて、手書きやプリントされた説明が増えていて、展示されてる生き物の種類も増えていた。ここで熱帯淡水魚を見る意義はよく分からないけど、凍てつく地でアロワナやピラルクーを飼育できるのはすごいよな。

屋外の水槽を屋内から見る。真骨頂は冬場に凍った水面下で泳ぐ魚を見ることなんだろうけど、今は夏。水流が結構ツヨツヨ。

体長1mのイトウが泳ぐ。赤ちゃんイトウもいる。

エゾサンショウウオの餌付けを見る。

水族館のおみやげコーナーでUFOキャッチャーをやるも撃沈。いくらかの寄付になったかな。

花豆ソフトクリームを食べて休憩後、北見市内に戻った。

夜はオホーツクビールのレストランでおじさんやはとこ一家とご飯。焼肉屋さんや和食屋さんなど、おじさんたちがよく行くお店がいっぱいで予約が取れず、地ビールレストランをはとこが予約してくれた。レストラン入口にスロープを置いてくれて、1Fに人数分の席が用意されていた。

人数多いこともあって、メニュー表にある料理をかたっぱしからどんどん注文していく。乾杯。アルコールのダメな母も私もノンアルビールがあったおかげで地ビールの味を楽しめた。

玉ねぎを丸ごと揚げたもの、オホーツク塩焼きそば、エゾ鹿肉のビール酢煮込み、エゾ鹿ソーセージ、白花豆のハーブサラダ、チーズ、カルパッチョなどなど。満腹。

北海道に来ると何食べても美味しい。ホタテが美味い。

北見の最後の晩を満喫して締めくくった。

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2025年10月12日 (日)

北見旅④

8/24 Day3

ドライブ日。目指せ阿寒湖!

なるべく朝早く出ようという気持ちはあれど、実際はそうも行かず、9時を回って出発。

人間ナビのおじさんが的確に道を教えてくれて心強い。

最初の立ち寄りは津別の道の駅あいおい。ここ、たい焼きならぬクマヤキを猛アピールしていて、自販機もクマヤキデザイン、ノボリもクマヤキデザイン、お店もクマヤキデザインでカラーコーディネートもばっちり。デザイナーがちゃんと入ってそう。目立つ。クマヤキグッズも展開。猛アピールしている割にクマヤキを売っているのは小さな小さな店舗。

道の駅に鉄道の名残もあり、かつて賑わっていた頃の様子が偲ばれる。

おじさんがクマヤキとキッチンカーの焼き鳥を買ってくれる。この焼き鳥、私は食べなかったけどすこぶるうまかったらしい。ちょっと悔しい。

阿寒湖に到着。車を置く場所を探すのに時間をとられる。

私と母以外はモーターボートでチュウルイ島へ。時間があれば汽船に乗ってノスタルジーに浸りたかったけど往復で1時間半近くかかるので私は断念。

阿寒湖畔ビジターセンターへ。道が悪くて難儀する。上り坂を通りすがりの人に助けてもらう。

ボッケの遊歩道へ。「ボッケ」とは、アイヌ語で「煮え立つ」を意味する「ポフケ」に由来する言葉で、マグマからつながる泥火山。

ビジターセンターからボッケまで約10分、を倍くらいかけて行く。滑らかに見える道だけどタイヤが取られる。電動車いすが恋しくなるn回目。ヒグマの目撃が6月にあったというので緊張する。時々すれ違う人はいたけど、それもほんの数組だけ。静かな森だ。

ボッケに到着。硫黄の匂いが立ち込めている。泥火山がぼこっぼこっと噴く。

阿寒湖畔。

ビジターセンターに戻る。知らない道を行くときって、帰りは行きよりもあっという間に着く感覚がある。ヒグマに会うこともなく、無事に到着。木道でしばし森林浴。クマゲラが木をつついて飛び去っていった。

ビジターセンター内で展示資料を眺め、まんまるマリモを愛でる。

チュウルイ島に行ってきた面々と合流。

お次は摩周湖へ。時々沿道にエゾシカが現れる。アップダウンのある道は絶景続き。

摩周湖に到着。霧の摩周湖と呼ぶけれど、これまで何度来ても快晴の摩周湖。そして来るたびに駐車場が整備されてなにかしかが新しくなっている。今回はカムイテラスなる展望デッキができていて空を仰ぐようなおしゃれベンチが設えてあった。久々の摩周湖は、静かな深い青い湖面と湖を取り囲む木々がくっきりとした色を見せていてとにかくきれい。標高もあるから、釧路の方まで広々とした北の大地を見渡せて気分爽快。来て良かったの一言に尽きる。

夕日までいたい気持ちを抑えて、私の大好きなスポット、アトサヌプリこと硫黄山へ。ここの売店もおしゃれに作り変えられていて、中のカフェスペースの大きな窓から、もくもくと沸き立つ湯けむりがよく見える。

ここで水分と栄養補給。おじさんがまたもやいつの間にか黒玉子を買ってくれたので、熱々の卵を頬張る。ソフトクリームとゼリードリンクも買う。ゼリードリンクは一口吸った後、姪っ子のところに置いたら、はい、バーンと床にぶちまけられた。不注意、仕方ないけど、もったいない。

アトサヌプリの次は、屈斜路湖の砂湯へ。だいぶ日も傾いてきた。もうすぐ閉まってしまう湖畔の売店に滑り込んでスコップを借り、いざ砂堀り。先に掘った人たちの穴が波打ち際にポコポコ並んでいる。私はバケツにお湯を汲んでもらって足湯をする。あったかくて気持ちいい。天然でお湯が得られるってなんて贅沢。

エゾシカが林の中にいる。

十分遊んで、さあ帰路へ。そういえば道中川湯や弟子屈の町を通り過ぎたけど、この寂れた町も散歩してみたかったな。

美幌峠で一旦、休憩。太陽がもうすぐ沈むとあって気温がぐっと下がってくる。売店が6時に閉じた3分後で、あげいもが買えなかった。

北見の町中に入る。イオンによって夕飯のお惣菜を買ってホテルで食べた。長い一日、お疲れ様。

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2025年9月29日 (月)

北見旅③

8/23 Day2

夜に降雨があった。今北見は玉ねぎの収穫の真っ最中。雨が降ったら収穫作業は一旦止まる。なら、畑をやっている親戚の家に行くのは今日が良いとのことで、午前中相内に向かう。10年ぶりの訪問。私は家に入るつもりはなかったけど、流れで入ることに。玄関が広いのでなんとか入れた。近況報告のおしゃべりと、Rは、大きなトラクターに乗せてもらって社会科見学。はとこの子どもたちも加わる。ランチはトリトンのお寿司をご馳走になった。オヒョウが美味しい。

親戚の家をおいとまし、玉ねぎ畑見物とご先祖さんのお墓参り。日照りで玉ねぎが2割小さいらしい。

その後ミミおじさんちに寄ってから網走へ。小学1年生以来、実に40年ぶりの網走監獄見学。歩いてたときの記憶にはなかったけど、結構坂道きつかったのね。電動車いすのパワーが恋しくなる。

林にエゾリスが跳ねている。

まずは中ががらんとした教誨堂を見学。独居房、浴場と見ていく。そして舎房へ。

五翼放射状平屋舎房の形式を取る建物は、中央に見張所があり放射状に5つの舎房が伸びる。子供の時に見たものって大人になってから見ると小さく見えることがあるけど、監獄の舎房もそんな感じで記憶にあるものより狭く感じた。

屋根にはガラスを破って逃げようとする白鳥由栄がいた。小学生の時に見たマネキンと同じなのか新しいのか。白鳥由栄は「ゴールデンカムイ」の白石由竹のモデルだ。1907年生で1979年に71歳で亡くなっている。もっと昔の人と思っていたけど、そんなことなかった。人が作ったもので壊せないものはない、という信念のもと虐待や環境の悪さから青森、秋田、網走、札幌で計4回脱獄している。関節外しが得意で、健脚、力持ち。並の人間ではない。

網走の囚人って聞くと凶悪な犯罪者って思いがちだけど、実際は明治維新後のゴタゴタで政治犯が増え、網走監獄にもその一部が送致されたというから、思想の違いで極寒の地に送られて、死んでも良いからと刑務所を作らされ、道を開拓し、結果北海道のインフラの基礎ができたというのが実情。

続いて漬物庫、農作業道具が展示してある耕転庫、遠方で作業する時に寝泊まりする休泊所、味噌・醤油蔵を見学。休泊所のマネキンが怖いとLが言う。

網走監獄のお土産屋さん、ゴールデンカムイのグッズはありそうでない。昭和の雰囲気の品揃え。

夜はミミおじさんも一緒に北見の洋食屋さんマルシェへ。店内に入るといかにも美味しそうな匂いでいっぱい。私はエビドリアを注文。北見の名物オホーツク塩焼きそばやおじさんの頼んだステーキも味見。どれも美味。こうあってほしいという期待に応えてくれる洋食屋さんだった。

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2025年9月28日 (日)

北見旅②

8/22 Day1
10時に自宅を出発。30分ほどで羽田に到着。お弁当を見たり、トイレに行ったりして出発ゲート前で待機。Rはキッズコーナーの遊具で遊んですでに汗だくになっていた。

搭乗前に水を飲む。乾燥する機内で、加湿器なしの呼吸器のエアーは、喉を痛めて風邪をひく要因になる。絶対に風邪は引いちゃいかん。

JAL567便、羽田12:30ー女満別14:15

最後に飛行機に乗ったのは2019年11月15日。約6年ぶりとなる。今回は搭乗時の車いすにリクライニング対応のものを依頼しておいた。羽田にはあるけど、他空港では用意できないかもと言われていたけど、実際は羽田だけでなく女満別でも用意されていた。リクライニング対応車いすは、きつい側弯には合わないのでこれはこれで必死。気道が塞がるけど、何分か耐えるだけだと言い聞かせて運ばれて座席へ。座席についたらついたで、今度は体を座席に固定するのに手こずる。以前のJALの上体固定ベルトはシンプルな一本のベルトで、腰部固定すればよかったけど、今はANAのと似たようなもので、腕を通して上部で固定するタイプ。これが大失敗。首が前に落ちて気道がつぶれ、言いたいことが伝わらないまま誤った方向にみなが進めていく。CAさんに取り囲まれ、このままじゃ降ろされるかもとヒヤヒヤする。ようやく妹に首を反らしたいことが伝わり、背中に色々詰めて、ベルトは自分のを腰に巻いて、なんとか形が取れた。

一旦体勢が取れればあとは問題なし。足痺れてきたなとは思ったけど、まあ耐えられるレベル。飛行時間は1時間半ほどで、3時間強かかる石垣に行くことを考えると、ものすごく短く感じた。ランディング直前大きく揺れたものの、無事着陸。

座席からまたリクライニング対応車いすに移り、自分の車いすに移って、一安心。預け荷物を取って、到着ロビーで待ち受けていたおじさんと合流。レンタカーの手続きをしにおじさんと妹でオフィスへ行く。LとRは出発ロビーにあるオニオンスープマシンでスープを飲む。

レンタカーはTOYOTAのウェルキャブ。ハイエースの後部にアームが付いていて、パワフルに車いすごと車内に持ち上げて入れてくれる。Rはおじさんのスーパーカーに乗るんだと初対面なのについて行ってしまった。スーパーカーの後をついて、一路北見市へ。車窓からはパッチワークみたいな畑が広がる北海道らしい景色が見える。

小一時間走って、5時、ホテルロイヤル北見に到着。

ファミリールームがある手頃なホテルはここだけだったので選んだんだけど、古いから設備面でどうかなと心配してた、が、お部屋広々、長めもよく、駐車場も平置きで文句無しだった。強いて言えばベッドが柔らかすぎて座るのに難儀したけど、最悪ではなかった。

夕飯はおじさんとE子でトリトン系列のお弁当やさんに買い出し。お部屋で食べた。

ファミリールームがある手頃なホテルはここだけだったので選んだんだけど、古いから設備面でどうかなと心配してた、が、お部屋広々、長めもよく、駐車場も平置きで文句無しだった。強いて言えばベッドが柔らかすぎて座るのに難儀したけど、最悪ではなかった。

夕飯はおじさんとE子でトリトン系列のお弁当やさんに買い出し。お部屋で食べた。

買い出し中、子供がエアコンつけてたらしく、部屋がチンチンに冷えていた。やっぱり日が暮れると寒いんだと耐えていた私はお腹が痛くなり、寝るときも寒くて寒くて、ユタポン抱えて毛布かぶって寝たのだけど、エアコン消したら今度は暑くて暑くて、この夏一番の大汗をかいた。全身ぐっしょり。見事、寝不足。

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北見旅①

8/22〜26、10年ぶりに北海道は北見に行ってきた。旅のメインの目的は、人手にわたることになったひいおじいちゃんの家の見納め。そして道東ドライブ。

今回は前回メンバーに甥っ子が加わり、母、妹、姪っ子L、甥っ子R、私、5人での旅。現地では前回と同じく北見育ちのおじさんがアテンドしてくれた。

石垣を出てからというもの、もう二度と飛行機に乗ることはないだろうなと思っていたのに、我ながら大それたことを考えたもんだ。結果、なんとか飛行機に乗れて、家の見納めもしかとできたし、一年で一番良い気候の時に行ったから、爽やかこの上ない気温の中で雄大な景色を楽しめたしと、大満足。正直帰りたくなかった。5日間は短すぎた。

10年も経てば、おじさんたちは白髪にもなるし、おじいちゃんの妹2人のうちひとりはもういないし、もうひとりも98歳で認知症で施設にいて、親しい人ですらもう分からなくなっている。自分が小さな頃から知っていて何かとかわいがってくれていた人たちと会えなくなるのは寂しい限り。そして老いていく人もいれば、新たに誕生した子たちもいて、10年の歳月というのはなかなかの重みだ。

旅をするとその時の自分の残存機能が記憶に刻まれる。まるで目次のよう。10年前はトイレに座ってた、ひいおじいちゃんの家の湯船に入ってた、今と同じ車いすを使ってたけど背もたれもヘッドレストも使ってなかった、飛行機の座席にすんなり座っていた、日中は呼吸器を使っていなかった、車いすに座ってご飯食べるのが全然苦ではなかった、車と車いす間の移乗ができた、おじさんちの居間のソファに座ってた、etc。

今はというと、車いすには常にヘッドレストをつけてもたれ、食事や口腔ケア以外は常時呼吸器を使い、自分の車いす以外に座ることはできず、トイレを使うなら二人がかりで抱えててもらわないと1秒も座っていられず、車いすに座ってご飯食べるのが10分勝負、自分でできることと言ったら唾を飲み込むこと、むせないこと、痰をつくらないこと。手足や体幹にまつわることならば、誰かに頼ったり車いすやら呼吸器やらを使ったりすれば事なきを得るけど、その先となると詰むとひしひしと感じる。

この状態になってからの泊まりがけの旅は初めて。まず、トイレは行けるときは行くけど無理はしない。150cc×3回のおしっこを吸収してくれる尿取りパッドを武器に、我慢の限界を迎えたところで無表情で恐る恐るいたす。車いすのまま乗り降りできるリフト付きレンタカーを使って移乗自体をやめる。ご飯はよーいドンで素早く終える。なんなら1食抜かす。お風呂は入らないで体を拭くのみにする。飛行機の座席はベルトを使って体を固定する。

まだ、弱いとはいえ自発呼吸はある。嚥下も角度さえ取れれば大丈夫。これは想像以上に大事なこと。キープしておきたいけど、キープできないのは確約されている。未来はいつも暗い。

大満足で終えた旅だけど、「あんたは何にもできないんだから黙れ」「何言ってるか分からないから黙れ」を呪文のように唱えられ、なんなら6歳児にもそう言われ、頭部を固定されてるせいで視野が極端に狭い上に、ここそこでぽんっと置かれてしばらく待機で無になる時間を味わい、私の尻事情を巡って繰り広げられる諍いにすまなく思い、ドライブ中や親戚一同との宴会時に、常にもよおしたらどうしようとびくびくし、朝から晩まで何かとLとRが喧嘩するのを聞き、つまり旅の9割方は楽しさとは無縁。残る1割で9割を凌駕した。

下準備
①航空券を予約購入する。
②ホテルとレンタカーを電話予約する。
③かかりつけ医に搭乗診断書の記入を依頼する。快く承諾していただきありがたい限り。JALにFAX(!)で診断書を送信してOKをもらう。
④呼吸器の業者に旅行に行くと伝え、緊急連絡先を聞く。今回、札幌から遠いということで、滞在先ホテルに予備の呼吸器で私の設定に合わせたものを用意してもらえることになった。めちゃめちゃ心強い。呼吸器は年に2回は不具合起こしてフリーズするからちょっと信用ならないので。
⑤出発三日前に荷物をホテルに送る。

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2025年3月16日 (日)

湯沢に雪見ツアー

雪が見たい、ただそれだけのためにガーラ湯沢日帰り旅を敢行。
2025年3月7日。

⏰タイムスケジュール

05:30 起床
06:30 荷物を車に積み、私を車いすに縛り付ける
06:50 Eうちに来る→車に乗り込み駅西口へ
07:46 さざなみ6号に乗車
08:48 東京駅着、トイレ済ませて新幹線ホームへ
09:52 たにがわ83号に乗車
11:16 ガーラ湯沢着
11:35 ゴンドラ乗車、山上で雪と戯れる
12:20 下山、ランチ、温泉、トイレ、お土産購入
14:27 たにがわ76号に乗車
15:46 東京駅着(数分遅れ)
16:03 車に乗り込み自宅へ
17:00 帰宅

すべて予定通りスムーズに行き、トイレ問題も痰も発生せず、期待以上の豪雪の景色を見てこれた。雪山は風もなくて寒さでしばれることもなく、東京駅のプラットホームが一番寒風がきつかったくらい。この週はこの日だけが晴れ、それも見事な快晴っぷり。さすが私。

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高崎までは平野に雪なんてまったくないのに、トンネル越えて上毛高原に出ると景色は一変し、白い世界に。さらに谷川の山をくぐり抜けて越後湯沢に出ると、深い雪に埋まった世界に。駅周辺のビルはどれも頭に50cmくらいの雪を乗せている。

越後湯沢から数分してガーラ湯沢に到着。冬季だけ使われるスキーゲレンデ直結の駅。

平日とあってゴンドラチケット売り場はガラガラ。土日は並ぶんだろうなと思わせる赤いラインがぐるぐる張り巡らせてある。

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ゴンドラに乗れるか分からなかったけど、係の人が「間口チェックしてみないとなんとも言えない」からと、ゴンドラ乗り場まで行って見てくれてOK出してくれた。事前にウェブサイト見ても、スキーヤー/ボーダー向けの情報しかなく、当たって砕けろ精神で行ってみたら砕けずに済んだ。

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ゴンドラに乗り込むときにちょっとだけ止めてもらい、無事格納。8分間の乗車時間は結構長く感じた。これぞっていう雪山の景色が眼下に広がる。高所恐怖症にはちょっとムズムズする時間。降車。

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雪がチラチラ降っている。持ってきたアヒルちゃんを雪上に解放。雪だるまつくる。雪の塊を握る。スキー場の食堂の雰囲気が懐かしい。豚骨ラーメンは2000円だって。

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再度、ゴンドラに乗り込み、下山。もふもふの雪が木立を覆っていて、絵葉書のよう。

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お昼はおむすび処「ゆた」で、1つ330円の高菜おにぎりをひとつ。
あれ・・・コメがパサパサでいまいち。米どころに来たはずだけど、ちょっと残念。丼ものや弁当を頼まなくて良かったかも。

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でもあたたかい室内から見る雪景色は最高。晴れ間が出るとキラキラに輝き、風が吹くと雪煙が舞う。

母とEは温泉へ。熱々のお湯に浸かってきた。温泉のある階のバーガー屋さんはハンバーガーやホットドッグが高いものだと3800円。振り切ってるなあ。

お土産に柿の種や佐渡バターりんごジャム、豆菓子、笹団子を買う。

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さあ帰ろう🚄

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2023年10月16日 (月)

初秋の山梨へ 甲府一泊旅2/2

朝が来た。6時になる。おはよう。ホテル裏の湯村岳が姿を現した。

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みなさん、朝風呂へ。貸切風呂は温度が低めなので、お子たちはそちらへ。夕べお湯に入らなかった坊もここで肩まで入ることができた。飲泉ができるというので、私はお風呂に入る代わりに温泉をすする。特別なクセはないけどほのかに香るミネラル成分。

朝ごはんはホテルの食堂でバイキング。さらっと目を走らせるとなかなかの品揃え。お客さんの数もそう多くはなくて、会場は結構静か。坊が走り回ろうとするのを阻止しながら、銘々好きなものをお皿に載せる。八ヶ岳の牛乳がおいしい。地場産ハムやソーセージもおいしい。よく煮込まれた野菜たっぷりのほうとうもおいしい。普段の朝ごはんの何倍もを食べて満腹。基本、牛乳で育っている坊だけど、ストローじゃないと頑なに牛乳に口をつけようとしないので、なんとかストローを探し出したら一気飲み。スマホでYouTubeを見せながらのご飯は現代っ子そのもの。YouTube見せるとそちらに意識がいって口に運ばれた物が多少は入る仕組み。そうじゃないと何も食べない。

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10時、チェックアウト。外の天気はだいぶ雲が上がって良い雰囲気。一路、昇仙峡へ向かうことにした。

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ホテルからは20分ほどで山に到着。切り立った岩山がそびえ立つ。

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散策する?とお嬢を誘うもすげなく却下され、昇仙峡グリーンラインを車で走って仙娥滝へ。お嬢、滝見に行く?と聞くも興味なし。爽やかな山に来ても自然の中で遊ぶことにまだ全然目覚めていない。母と妹で滝を見に行く。

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私も滝へと流れ落ちる川の音を聞きながら、水晶やワインを扱う店を冷やかしに行く。試飲したぶどうジュースがとってもおいしい。

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お子たちを車から降ろし、ロープウェイへ。通り沿いには古くからやってそうなレトロな土産物屋さんや食事処がいくつか立ち並んでいる。全体に煤けた感じがする。

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昇仙峡ロープウェイ、中に車いす用トイレはあるらしいが、外階段ががっつりあってそもそも入れない。下調べ時に乗り場も階段のみって分かっていたから行くつもりもなかったけど、世にどんなに最新の技術があって解決できることでも、行き届くことは稀よねって思う。少数派は黙って去るのがフツウ。電光掲示板に「パワースポット!!」という字が流れるのを眺めてロープウェイ組と分かれると、母と私で近くにあった水晶の博物館クリスタルサウンドに入る。

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ローズクォーツきれいね。アメジストいい色ね。

おさらい。
クォーツ=石英。二酸化ケイ素(SiO2)の鉱物。六角柱状のきれいな自形結晶をなす。
①結晶質:結晶が単独の個体で存在して肉眼で見える。
・水晶(ロッククリスタル):石英の自形結晶をなしたもので無色透明のもの
・紫水晶(アメジストorアメシスト):鉄イオン。紫外線に曝露すると褪色する。
・黄水晶(シトリン):鉄。紫水晶を加熱すると黄水晶になる。
・紅水晶(ローズクォーツ):チタン
・煙水晶(スモーキークォーツ):アルミニウムイオン
・黒水晶(モリオン):モリオンはスモーキークォーツのドイツ語読みでスモーキークォーツが受けた放射線量が増すにつれて黒くなったもの。
②多結晶質:小さな結晶の集合体。
・玉髄(カルセドニー):石英の非常に細かい結晶が網目状に集まり、緻密に固まった鉱物の変種。透明または半透明で、色は白・灰・淡褐・赤・緑色など、含む不純物により異なる。
・瑪瑙(アゲート):縞状の玉髄の一種で、オパール(蛋白石)、石英、玉髄が、火成岩あるいは堆積岩の空洞中に層状に沈殿してできた、鉱物の変種
・虎目石(タイガーアイ):リーベック閃石(角閃石族に属する鉱物)の繊維状鉱石であるクロシドライト(青石綿)に石英が染み込んで硬化、酸化して茶色くなったしたケイ酸塩鉱物
・鷹目石(ホークスアイ):クロシドライト(青石綿)に石英が染み込んで硬化し、ほとんど酸化せずにクロシドライト本来の灰青色を保持したもの

*オパールは二酸化ケイ素 (SiO2) が、低温で水分を含みゆっくり固まったために原子配列が規則正しくない非晶質のもの

山梨は乙女鉱山で明治〜昭和時代に水晶を採掘、1981年閉山。鉱山跡地は荒れてそうな感じだ。山梨県の水晶鉱山跡について

人気のないクリスタルサウンドで朽ちることのない石を眺め、展示ホールを出ると、特に販売スタッフもいない、段ボールや掃除用品などが雑然と積まれたエリアにいくつもの大きな水晶が値札を付けられている。値札の字はすっかり色褪せている。

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100万円。

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ロープウェイ組はまだ戻ってこないので、郵便局に入ってハガキを1枚書いて投函する。

先にお昼済ませるか、とやってそうな食堂、昇仙館に入る。気持ちの良い天気なので外のテーブルにつく。

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山菜そば800円。あ、おいしい。

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ロープウェイ組もやってきて合流。

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なんとも言えないデザインの噴水。てっぺんに屹立する水晶、ハートのオブジェクト。

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さて、このまま帰ってもいいけど、帰るべきだけど、もう少しどこかに行きたい。山を見たい。ということで、峠越えして韮崎を走り北杜へ。

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道中の景色がブラボー。雲がかかってるところがあって八ヶ岳山頂は見えないものの富士山はどーん。ぶどう畑どーん。山間の田んぼはまだ稲刈り前だ。

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4時、八ヶ岳高原大橋に到着。川俣川渓谷にかかる高さ100メートル、全長490メートルの橋は渡ると高所恐怖症で足がムズムズする。ここで呼吸器のバッテリーを交換。

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最後に小淵沢の道の駅に向かい、そこのインターから高速に乗ることにした。坊がしきりに「山行く?山は?」と言っている。山歩きできるときに寝てたからね・・・。ドライブで見てるだけじゃ山に行った感はないよね。

5時、いざ帰路へ。中央道にところどころ渋滞を知らせるマークがつく。遠回りでも東名にする?と迷ったけど、中央道にした。標高のある小淵沢から長い長い下り道。夕暮時の富士山がほんのり赤い。談合坂SAに寄る。日が暮れた。

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前方の渋滞は通過する頃には解消されていってスムースに進む。五反田あたりでトンネル内で旧車がエンスト。直後だったらしく避けて通ったけど、きっとその後は渋滞してたはず。

8時を回り、ずっと同じ体勢でいて体が固まりきった頃、帰宅。早かった!翌日学校のお嬢に頑張って夕飯食べて寝るんだ、じゃあね、と言って別れた。

帰宅後、うわ、閃輝暗点始まった、いやな予感・・と思って急いでボンカレーを食べ、うわ、閃輝暗点2巡目きた、これはやばいやつ・・と思って急いで寝支度をし布団をかぶっていたら、キターーー、ものすごい悪寒と右目奥からの頭痛(頭痛自体はそう酷くはない)、そして一番嫌な吐き気。胃がゴボッゴボッと言う。吐く力はないけどつばで溺れそう。1、2時間耐えに耐えて寝た。偏頭痛発作、何回やっても慣れない。

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道の駅で買ったマコモダケうまい(食べかけ写真)。

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ルバーブをジャムにしたらうまい。

お土産のぶどう:オリエンタルスター、甲斐路、甲州

甲州は追熟したら甘くなっておいしくなった。

銀タコチャタララ、4名ともCが面倒見てくれた。ありがとう。

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2023年10月13日 (金)

初秋の山梨へ 甲府一泊旅1/2

10/9〜10 湯村温泉郷にある古いビジネスホテル、湯村ホテルにステイ

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お嬢の秋休みを利用して月火で一泊旅に出ることにした。今年私は県外に出るといっても通院と渋谷のライブに行ったくらいで、県内でおとなしくしていたのでこれが2023年唯一のお泊まりでの遠出。貴重だ。

行き先候補は山梨、栃木、長野で、メンバーは6名。和洋室で温泉あって、私でも大丈夫そうなところとなるとめちゃくちゃ選択肢は限られる。条件検索で出てきた湯村ホテル、ちょうどいいかも、と予約した。なぜか子供を含めて検索すると空室なしになるので、布団いらない坊の分も大人として予約した。ホテルのホームページには高橋英樹・真麻親子が微笑む写真があったけど、ごめん、予約した後に言われて気づいた。彼らの広告宣伝費、いくらだろ。このホテルは昨年民事再生適用になりBBH傘下に入ったらしく、このグループのホテルの顔が高橋親子らしい。

出発の朝。空は雨模様。8時半発の予定は9時になった。

9時1分、荷物も積み込み、人間も乗り込み、よし行くぞ!となった瞬間、坊がくしゃみをして鼻水だらー。1分後、母が「あ、パンツ、ビデ洗浄(略)」と叫んで取りかえに家に入る。名誉のために言っておくけど、母はまだ尿漏れや便失禁とは無縁です。9時8分、出発。と思ったら、セブンイレブンに寄りたいという声があがる。9時20分、ようやくホントに出発。

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1時間後、幡ヶ谷あたりを走る。すこぶる順調。

石川パーキングエリアでひと休憩。雨がしとしと降っていてフロントガラスにきれいな水玉を作っている。

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中央道は相模湖のところで反対車線で事故が発生していて長い長い渋滞が続いている。それをわき目に見ながら、談合坂を過ぎ、あまり通りたくはないけど通らざるを得ない笹子トンネルを通過。山間の集落を見ると、ここに今どれくらいの人が住んでいるんだろうと思う。

車は順調に進み、高速を降りて出発から2時間半ほどで甲府市内に入った。最初の目的地設定は宝石が展示してあるクリスタル・ミュージアム。12時ちょい前に到着。

寝ていたお嬢に、車降りていいよーと言うけど、降りない。こういう時の初動の遅さとそこはかとない不機嫌さ、私に通じるところがある。だから面倒くさいなあと思うと同時にその気持ち分かるわーとも思う。ようやく降りるとなったら、今度はポシェットがないと騒ぎ出す。ハンカチくらいしか入ってなくても、外に出る時には必ず身につけていたい、女子の強固なこだわりを発揮。

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私は車で待っていた。お嬢は宝石ミュージアムに入ったら入ったで長居する。お土産を選ぶとなったら長い長い。向かいの中華屋さんが開いていればお昼にちょうど良さそうなのにと眺めていたけど、どうやら定休日。お嬢が私のために館内で展示されている水晶を撮影してくれた。サンキュー。

みんなが戻って来て、さあランチどうする?となり、雨なのもあって、街歩きして探すには厳しいので、思い切って南アルプス市の道の駅に向かうことにした。ナビでは所要17分。アルプス通りという晴れていたら絶景なんだろうと思う通りを雨の中行く。山どこですか。

道の駅に到着。農協の販売所が隣にある。

道の駅、トイレしかない。あれ?お弁当類はないの?農協に移動して中に入るもここも棚にあるのは未加工の野菜中心で、昼食にするには適当でない。

車に戻って逡巡した後、甲府駅方面へ。後ろからお嬢が「サイゼリヤ行く!お腹すいた」とやかましい。サイゼリヤ、君はつい数日前にも2週続けて行ったでしょう。却下。私は20年以上前に行ったっきりだけどな。

駅近くにシャトレーゼテラスがある。テラス?何?と調べると軽食も提供しているカフェらしい。山梨といえばシャトレーゼ。ここにしよう。

食事としてのメニューはカレーとピザとほうとうのみ。カレーとピザを頼む。カレーは塩気の効いた、万人受けするであろうジャパニーズカレー。お嬢はカレーを1杯半、ピザ1切れ、そしてチョコレートケーキへいく。知ってか知らずかの低糖質ケーキ。私は好みではないけど、あえてモンブランをオーダー。ちょい前にチューリッヒの友人と栗の話をしていて、"I actually prefer vermicelles, do you know them?"と言っていて、あ、あちらではパスタにちなんでモンブランをvermicellesって言うんだって知って頭の片隅にあったから。

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モンブラン/vermicelles、いける。

お腹を満たして甲府駅方面に回ってからホテルに向かう。甲府は県庁所在地特有のどこか寂れた感が否めない。4時、チェックイン。フロント近くに牙をつけられたハロウィン仕様の高橋英樹・真麻親子が笑顔でお出迎え。やたら閉まるのが速く、センサーある?って勘ぐりたくなるエレベータドアに何度も挟まれつつ、ようやく抜け出てお部屋到着。お部屋は和室+2ベッドの洋室で部屋入口からベッド脇に車いすでそのまま行けて、ラッキーなつくり。とりあえずベッドにごろん。みんなは温泉へ。じいじが「いいお湯だった」と満足気に帰ってきた。

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夕飯は2手に分かれ、お子含む3名はホテルの食堂へ、私含む3名はお部屋で予め予約を入れていた仕出し弁当をいただく。温かいおつゆの蕎麦が美味しい。でも蕎麦+米で炭水化物まつりで到底食べきれず、だいぶ残してしまったのは無念。

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さて、ホテルには大浴場以外に貸切露天風呂もあって空いていればいつでも入れる。私は行くつもりはなかったけど、ここは頑張るべきところじゃない?ということで、行ってきた。渡り廊下の先の3段の階段はおんぶで。脱衣場で服を脱ぎ、おんぶでいざ入水。寝そべって浮いた。坊が裸になって自分は一切お湯に入らず、手桶で何度も何度も、それはそれは真剣な面持ちでお湯を汲んでかけてくれる。十二分にあったまった。

あとは寝るだけ。おやすみなさい。

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2022年9月23日 (金)

古民家見納めの旅

 8月に母の親戚から手紙と2枚の古い写真が送られてきた。手紙には、近々母の生家が工業団地に取り込まれ、取り壊されることになるとあった。

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母の父と妹。私は初めて母方のおじいちゃんの顔を知った。

 

取り壊されるのが一般的なちょっと古い家だったら、私もそれほど興味は湧かないけど、この家は築100年超えで金釘も使われていなければ、大黒柱も梁も敷地から切り出された欅の丸太でできていて、農村地域のいわゆる豪農を象徴するようなつくりで、これがなくなってしまうとあれば見納めをしたいという気持ちになるもの。こういうのに端から興味のない妹は「は?それってわくわくドキドキすること?子供に見せたい?何を勝手に妄想膨らませてるの?」ってめっちゃせせら笑ってたけど、そこをなんとかお願いして、9/18に車を出してもらった。

 

当日は台風が列島を通過するとあって天気予報は終始雨。朝9時前にどんより空の下、茨城に出発。アクアライン、首都高を通って久々にアサヒビールの金のうんちを見て、常磐道、守谷のサービスエリアで一旦トイレ休憩、つくばジャンクションで圏央道に入り、坂東で高速を降りた。途中少し雨がポツポツきたけど、頭上は明るい。

 

11時過ぎ、目的地に着いた。何年ぶりだろう。東日本大震災のあとに1回(母はもう1回)は来ているけど、その時は敷地にぐるりとロープ張ってあって中には入れず仕舞いだった。今回は鍵を持っているのが母の叔母と知らされていたので、連絡して開けてもらえた。

 

子供のときにお盆で来ていたけど、憶えているのは、縁側に座って足をブラブラさせながら赤茶色の砂地にいくつもある蟻地獄を眺めていたことと、お供え物が並ぶ仏壇の脇でくるくる光って回る提灯くらい。茨城のキツい印象の訛りもか。

 

母の叔母も母もこの家で生まれ、この家で育った。叔母が15の時に生まれた母はよく泣くうるさい赤ん坊だったらしい。

 

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瓦屋根もガラスも崩れていない。


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この縁側に座ってたっけ。

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農作物を乾燥、貯蔵していた納戸

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トイレ。4つある

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泥棒が2階から紐を垂らして袋をおろしていたところ

家はひいおじいちゃんが93まで住んでいたけどその後は空き家になっている。約30年の間に中はすっかりゴミ屋敷と化していた。広い土間にはベッドらしきものが2台並んでいてちょっとホラー。腰くらいの高さがある上がり框の先には、目玉が書き入れられてないままの大きなだるまに金ピカ布袋様。

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4つ並ぶトイレのドア

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立派な梁

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大黒柱


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欄間

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電気がない時代に建てられた家は配線がむき出し

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基礎には柱が乗ってるだけ。
関東大震災も東日本大震災も生き延びた。

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井戸
庭はとにかく広く、母が半世紀以上前に父と植えた木は大きく育っている。

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竹林


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大工さんが住んでいた小屋。戦時中は疎開してきた親族が住んでいた。


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ひいおじいちゃんは1900年生まれ1999年没。
勲五等いただいて嬉しくて自分の名前彫っちゃった石碑。
取り壊しとともに消える運命。後の世に発掘されるのかも。

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大叔母は気遣いしてくれる人で冷えたペットボトルを用意していてくれたり、雨が降り出す中見送ってくれたりした。ひいおじいちゃんにまつわる話も、自転車乗ってって山で寝ては村人に起こされるとか、苔とってきて売ってたとか、庭の梅で梅干しつくったらかびちゃったとか、たくさん聞かせてくれた。


農村から人が消え、静かな静かな町にある古民家は誰の目に留まることもなく、100年の歴史に幕を閉じる。

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